短編

運び物【ゆっくり朗読】3100

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僕が学生の時の話。

原著作者「怖い話投稿:ホラーテラー」鴨南そばさん 2010/04/12 22:30

当時僕は女性を相手にするアルバイトをしていた。
春を売るような違法なバイトではない。あまり褒められたものではないことも確かだけれど。

ある夏。
『急遽店の改修のため、スタッフは休み、キャストは系列他店ヘルプ追って指示』

そっけないメールを店長から貰った。
完全なスタッフ要員と、ヘルプや雑用などの間接的に売上に貢献しているのを総称してスタッフ。
売上に直接貢献していていて、さらに売上トップ5人がキャスト。
間接工、直接工みたいな感じ。
もっと簡単に言うと、スタッフはバイト、キャストはプロみたいなわけ方。
僕はスタッフ。ペーペーだ。
お休み確定。
メールを貰った時は正直、急すぎるだろと思った。
が、なにぶん水商売と言うくらいだから、色々しがらみやらなにやらあるのだろう。
聞いたらいけないようなこともあるのだろう。

休み三日目の夜、バイトを斡旋してくれた先輩からメールが届いた。
『お前、店工事でヒマだろ?バイトやるからいつもんとこ集合。一時間以内に来いよ』

先輩よぉ!今何時だと思ってるんすか!?常識考えてくださいよ!
……とかは絶対言えないので、光の速さで準備。
結構、いや相当粗暴なお方なので、僕は恐々としながらも現地に向かう。

二分遅刻した大罪で、腿に挨拶という名のキックをいただく。
「今からドライブ。お前このクルマ使え。俺はこっちで行くから」

バイクを指差しながら彼は僕に伝えた。
クルマはフルスモークの黒いレガシー。
同乗しない意味が分からない。しかし、免許を取っったばかりの僕は、深く考えもせずに了解した。
そのクルマの後部座席はガッツリと倒され、大きな荷物があった。
青いビニールシートがかけられて中は見えない。
僕はそのクルマで、彼は当時流行っていたマジェスティというビックスクーター。
そんな不思議な組み合わせでドライブ&ツーリングに行くことになった。
ハンドルは鬼のように硬い。なんかくさい。車高は低すぎてぎゃりぎゃりうるさい。
エンジンいかれてんじゃないか位のエンスト率。クーラーはギンギンに冷えていて温度調節できない。
散々なクルマだったが、ある程度慣れてくるとそれなりに楽しいドライブだ。
タバコ吸ったり、コーヒー飲みながらの運転がカッコイイと思っていたお年頃。まさにペーパードライバー丸出し。
結構な距離なのに下の道ばかりで、少々時間が掛かった。
信号で止まるたびに、ヘーフヘーフとエンジンが悲鳴を上げるのには参った。
目的地は山だった。先導する先輩について行っただけなので、正確な場所や名前は分からない。
勿論、カーナビなんていうご大層なものはついていない。
ただ、途中から国道20号をメインに進んでいたので、大体想像できる。が、申し訳ないが伏せることにする。

大きな道から、農家の方々が使う専用の道路のような、簡単に踏み固められて舗装されているだけの道路に入る。
僕はとにかく、二輪の先輩は大丈夫なのか心配していたのを覚えている。
20分くらいその道路で走っていたとき、急に先輩のバイクが止まり、携帯電話でどこかに連絡を始めた。

「……」

何かを話しているのが分かるくらいで、聞き取れない。
あの先輩が電話だというのに口元に手を当て、腰を低くして話している。
多分、目上の方との会話だろうという印象を受けた。
彼はバイクをその場に置き、クルマに乗り込み、ナビをし始めた。
相当な徐行移動だったので、100mくらいの距離を進んだくらいなのだろう。
「この辺だと……」
と先輩は言いながら、暗い夜道の中何かを探す。
「おお、あった」

先輩が指差す。
そこには黄色い水、いや、ペンキみたいな物が入ったペットボトルが、木に吊るされていた。
先輩はクルマを降り、トランクを開け、荷物にかぶせてあるビニールシートを剥がす。
「おい、手伝え」

先輩が引きずり出したのは、木で出来た箱だった。
何の装飾もされていない蓋が、ぴっちりと釘付けされている。
長さは2mないくらい、幅はその三分の一くらい。長細い大きい箱。
さらに、僕に探検隊やレスキュー隊が頭につけるヘッドライトを渡す。お互いがそれを頭につけた。
「おい、そっち持て」

先輩に言われたとおり、その箱を二人がかりで持つ。
ペットボトルのあるところから道に外れ歩く。
ペットボトルは50mくらいの等間隔でポツポツと見えた。僕たちはそれに沿ってしばらく歩いた。
スズムシとかカエルとか、夜の合唱団が盛大に鳴いていた。
カエルがいるということは、田んぼでもあるのだろうか。
ただ不思議と懐かしい気持ちになった。あれがエトスというモノなのだろうか?日本人の習性。不思議な気持ちだ。
ノスタルジーに浸るより、手の痺れがきつくなってきた。
箱はかなりの重量で、しかも取っ手もついていない木製。つるつると滑る。もの凄く持ちづらい。
疲れた。暑い。
エトス?なにそれおいしいの?
どれほど歩いたのか気にするよりも、早く着かないかなぁと思っていた。

もう腕が限界に近づいたころ、三人の男たちがいた。
見た目はごく普通の人のように見える。Tシャツにジーパンまたはスラックス姿。
木製の重たい箱を地面に置いて彼らに合流。
先輩が一言二言彼らに挨拶をし、僕の方に目を向ける。
その中で一番年長者の方に、ガツリと音が聞こえそうなくらい強く頭を叩かれた。
そしてなぜか謝りながら僕の方に向かって言った。
「悪い。今からちょっとやることあるから、クルマで待ってろ」

僕は彼らにお辞儀をし、クルマの方に向かった。
後方のスペースを存分に使っていた荷物は先ほど降ろした。やけに後ろが寂しい気がする。
先輩がどれくらいで帰ってくるかとか、何やっているんだろうとか、そういう疑問はあった。
が、正直ヒマでしょうがなかった。
壊れたクーラーのおかげでキンキンに冷えた車。手足が痺れるほど寒い。
今は夜だが、真夏だ。蚊が入るから窓を開けることは出来ない。
サウナと冷蔵庫、どちらに入る?そう問われたらアナタはどちらに入るだろうか。
僕は冷蔵庫に入るのを選んだだけだ。
閉じ切った車内、ケータイアプリのドラクエをやっていた。

コンコン
その物音にはかなりビックリした。
先輩が帰ってきたのだと思い、ドアを開けて表に出た。
外には誰もいない。
森の中の暗闇は普通の夜道と違い、月明かりや星が見えづらいため、ほぼ全くと言っていいほど視界がない。
僕はホラーとか心霊現象とか、そういった物は否定派なのだが、さすがにこれほどの暗さは単純に怖い。
向こうから何かが襲ってくるような怖さが暗闇にはある。動物的な本能なんだろうか、アレは。
誰も居ないのに物音がする。良くあることだろう。うん。
まあいいやと思い、僕はクルマに乗り、冒険の世界に戻った。

コンコン
しばらくするとまたノックする音が鳴った。
今度もちょっとビビリつつ表に出た。
二回目だとさすがに何かが偶然当たったとも言いがたいので、クルマの周りをぐるっと確認。
他に物音を発していそうな物は見当たらん。周りの木が当たるにしては距離がある。
もう丑三つ時近く。草木も眠ってるだろ。静かすぎて耳鳴りがするなあ。
まさかイノシシとかクマ。それだったら怖すぎ。
いや、ここで一番会いたくないのはむしろ地主だな。言い訳できない。
『なんでこんな所にクルマ止めてるの?』
『わかりません!』
→不審者→通報
笑えねえって。
あ、今、免許不携帯。先輩急に言うんだもんなあ。…など、もんもんと考えながらクルマに戻った。

こんこん
おお、またか。そう思いながらも、もし先輩だったら後が怖いので一応外に出て確認。
……やっぱりいない。なんなんだ?
つーかドラクエの世界って、本当に魔王に苦しめられてるのか?
王様ももっと支援してよ。経費が自費で武器は現地調達。マスターキートンかっての。
一人で魔王倒すとか、それ勇者じゃなくて暗殺者だろ。単なる殺し屋じゃね。
など、三回目ともなると多少の余裕が出来る。
ドラクエの理不尽さを考える方に比重が高くなってきた。
昔から通信簿には集中力が散漫と書かれていたものだ。自覚はしている。
だが、それだけだ。

こんこん
四度目ともなると、もういいよ、などと思った。
もし先輩だったとしても謝ればよくね?という邪な考え。脳内会議では満場一致の賛成。
ノックは無視して、『太陽の石』
を入手するほうを優先した。
こんこん
何なんだよコレ。しつけーって。ってか何の音だよ?
こんこん
……何の音?
こんこん

音?
そういえば、ノスタルジックなカエルさんたちの大合唱がさっきから聞こえない。
なんでこんなに静かなんだ?
そのことに気付き、心拍数が跳ね上がる。
多分もっと賢い人なら、一回目のノックの音で気付いたと思う。
ノックは明らかにクルマのドアを叩くような音ではなかった。
普通、クルマを叩くとしたら、二種類の音が鳴ると思う。
一つはドアの金属部分を叩く音。普通の日本車なら、アルミとスチールの薄い合板を使っている。
手のひらや拳で叩くとドンドン。指ならトントン。そんな低音で車中に響く。
そしてもう一種類はウインドウを叩く場合。
車のガラス部分は強化ガラスで、一般の家にあるようなガラスと違い厚い。叩いてもコツコツみたいな音しかしないはず。
僕には絶対音感なんて大層なものはないから、ドのシャープの音がするとかそういった種類は分からない。
だが、クルマのどの部分を叩いても、『こんこん』といった軽い音はしない。

しかし先ほどからの音は、音が発する時の空気の振るえ、それと共に、明らかに近くから聞こえてきている。
軽い音。
……あれだ。木の箱。
こんこん、こんこん、こんこんこんこんこん
僕がその事実に気付いたことを喜ぶかのように、音が座席の後ろから何度も何度も聞こえてくる。
こんこん、こんこん、こんこんこんこんこん
こんこん、こんこん、こんこんこんこんこん
怖い。一体何なんだ。
こんこん、こんこん、こんこんこんこんこん
こんこん、こんこん、こんこんこんこんこん
やめてくれ。もう許してくれよ。
ちらりと目線だけでバックミラーを覗きこんだ瞬間、後悔した。ぶわりと汗が噴出し体が急激に冷える。
木の箱が後部座席にあったからだ。
なんであるんだよ?さっきせんぱいたちが、もっていった、はずじゃ…
音が響く。
僕は箱から目を逸らすことができない。座席から動くことも出来ない。
あんなにしっかりと釘付けされていたはずなのに、木の箱が音もなく開き始める。
障害もないようにゆっくりと。ただ蓋がスライドしただけに見える。
完全に開いた箱のヘリに内側から手が掛かる。爪がはがれた、ささくれ立った指が四本。
何かが出てこようとしていることぐらい、分かる。
ああ、そのままそこにいてくれ。お願いだから。
こんこん、と音が鳴り続ける。
中から女がゆっくりと這い出てくる。
顔を鏡越しに僕に向ける。楽しそうに口だけで嫌な笑いを見せる。
見るだけで分かる。悪意のある笑い。
服を着ていない。胸がしわしわ。
首に青黒い線のような痣。乱れた髪が目を隠している。箱に乗せた腕には、痣とたくさんの注射跡。
体中にも痣。手の指も足の指にも爪がない。
こんこん、という断続的に鳴る音以外は聞こえない。
女は大きく裂けるほどに口を開き、笑っている。
だがその声は聞こえない。いや、聞こえなくていい。聞きたくない。
歯がない。また一つおぞましいことに気付いてしまった。よだれが口の端を伝う。
笑いながら何かを叫んでいる。こんこんという音で何も聞こえない。
何を言っているのかなんて知りたくもない。
裏腹に、鏡越しの女から目が離せない。
僕と女の距離は1mもない。手を伸ばせば届く。
嫌だ、絶対に伸ばしたくない。
女が僕に手を伸ばす。
妙に艶かしく体をひねりながら僕に体ごと向かってくる。
爪のない、枯れ枝のような手が僕へと――
はーっくしょん!
そのとき、クーラーを効かせすぎたせいか、場違いなことにくしゃみをしてしまった。
……あれ?いねえ。
なんで!?
倒した!
くしゃみで幽霊倒した!?
くしゃみをすると嫌でも目を瞑る。
笑えることに、目を開けたときには音も鏡に映った女も木箱も消えていた。
残っていたのは木箱にかぶせてあったシートだけ。
何とも下らない助かり方だが、どちらにせよ脅威は去った。
先ほどまで聞こえていなかったカエルの大合唱が聞こえる。彼らの声がこんなにも暖かいと思うとは。
安心した僕はテンション高めにギャアギャア叫んだ。発情期のサルのように。
無理してでもそうしないと今の恐怖を拭えない、そう思ったからでもある。
手の震えだけが、今起きた恐怖を隠しきれていなかった。

それからしばらくして先輩が一人で帰ってきた。
今起きた話をバイクの所に戻る道すがらしたが、まともに取り合ってくれない。
「何でこんな暗いのにババアが見えんだよ。気のせいだっつってんだろバカ」

「え?ババア?」

「あぁ?ババアが見えたっつったろが?今」

「女って言ったんですよ」

「…うるせえ」

機嫌が悪くなったのがありありと分かった。
結局、それ以上は怖くて聞けなかった。

あの大きな箱が何だったのか。
未だにそれは分からない。

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