短編 怪談

貸間を探したとき(小川未明)【ゆっくり朗読】

投稿日:

Sponsord Link

僕は「妖怪」なる存在に対して、否定する立証も持ち合わせず、逆に肯定するに足る確証も体験していない。

だが、それが「妖怪」よりも震え上がるような恐ろしい瞬間というものに遭遇したことがある。その一つは、若き日の学生時代、賃貸の部屋を探し求めていたときの出来事だ。

関口の滝近くに、一軒の古民家があった。武者窓が取り付けられた黒い壁板が特徴で、風貌はどこか気味の悪さを感じさせる二階建てだった。その家の前に「空き部屋あり」の札が掛かっていた。

その家には行きたくなかったが、部屋を探している僕にはやむを得ず、「ごめんなさい」と声をかけると、「何の用です?」という気難しげな老婆の声が答えたが、姿を現すものはいなかった。その対応に警戒感は強まったが、こちらから声をかけた以上は、退くわけにはいかなかった。

「空き部屋を見せていただきたいのです」と僕は伝えると、「上がってきなさい」と、相変わらず愛想のない調子で、その老婆が答えた。

僕はなめらかさを欠いた障子を開けて、狭苦しい土間から上へと進むと、奥に鋭い眼差しを浮かべた白髪の老婆がこちらを睨みつけていた。

「どの部屋でしょうか?」と聞くほどでもない、そんな感覚にとらわれたが、礼儀として問うべきだろうと僕は尋ねた。「二階の六畳間です。どうぞご覧になってください」老婆はただ座ったまま、何も動かずに答えた。

僕は家に入ると、外から見るよりも一段と厳しい気圧を感じ、狭くて急な階段を上った。目指す六畳間は、見るからに壁が所々ボロボロで、新聞紙などが古ぼけて黄ばんでいた。畳の表面は分からないくらい古く、襖を開けるともう一間が続いていた。

その部屋が何なのか、僕は廊下に沿って並んだ隣の部屋を覗いてみることにした。高窓から漏れる光が暗い部屋に差し込んでいた。そこに目をやると、突然の苦悶の叫び声が聞こえた。布団が敷かれた三畳の部屋に、女が寝ていた。長い間臥せていたと思われ、黒い髪は艶も絡みも失われ、頬骨が浮き出ていた。血色が全くなく、顔は白い花びらのように見えた。その女は痛そうにうめき、痩せた体を捩じらせていた。

「ああ、ああ」と、その病人は他人が覗いているという自覚が全くない。それなのに、彼女は一人で苦しみ続けていた。枕元には痰壺が置いてあった。

僕は急いで階段を降り、出口へ向かった。「あの六畳間ですか?」と、何となくの感覚で尋ねた。老婆は、無表情で座ったまま、何も変わることなく、「そのうちには、隣の三畳間も空きます」と言った。

僕は何も言わずに外へ出た。そして、全身に広がる戦慄を感じながら、呆然と立ちすくんだ。

Sponsored Link

Sponsored Link

-短編, 怪談

Copyright© 怖いお話.net【厳選まとめ】 , 2024 All Rights Reserved.