短編 ほんのり怖い話

公衆電話の夜【ゆっくり朗読】2700

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ことの始まりは、ある夏の夜。

「怖い話投稿:ホラーテラー」なつのさん 2010/08/27 22:58

深夜十一時を過ぎた頃に突然来た、友人忠治からの一通のメールだった。

――これから電話来ると思うけど。それ、俺だから――

僕はその時、自宅のベッドの上で大学の図書館から借りてきた本を読んでいた。

忠治がこんな時間に電話してくること自体は、まあそれほど珍しいことではないのだけど、
いちいちメールで事前告知をしてくるのが気になった。一体、何の話だろう?
そんなことをぼんやり考えていたら、ぶうーん、と蜂の飛行音の様な音を立てて携帯が振動した。忠治からだな。

しかし携帯の画面には、忠治の名前の代わりに『公衆電話』と書かれていた。

はて、と思った。これが忠治からの電話だとして、どうして忠治はわざわざ公衆電話から僕に電話を掛けてきているのだろうか。

先程メールが来たのだから、携帯は持っているはずなのに。

しかしまあ、考えても分からないので、僕は読みかけの本を置いて電話に出た。

「…もしもし?」

『おせえ。早く出ろよおめーよ』
確かにそれは忠治の声だった。

「こんな夜中にどうしたのさ。それに、そこって電話ボックスの中?」

『ゴメーイトゥ』

「何でそんなとこから掛けてきてんのさ?」と訊いてみるは良いが、実は僕にはその答えが半ば予想できていた。

忠治がこういうことをする時は、必ずオカルトがらみのあれこれなのだ。

『実はよー、この電話ボックスがよ。有名な心霊スポットだって噂を聞いてだな。
昔ここで事故があったようでよ。
なんか、こうやって電話掛けてると、いつの間にか男が、外からこっちをジーっと、見つめてるんだとよ』

「あーはいはい。そんなことだろうと思ったよ」

…そして、その男の霊はまだ生きていた頃、仕事帰りにいつもそこの公衆電話を使用していた。

携帯のまだ普及してなかった時代。家族に『もうすぐ帰るよ』と連絡していたのだ。

が、しかし。ある日、仕事が終わって電話を掛ける前に、よそ見運転の車に轢かれて死んでしまった…。

忠治の話を聞いた瞬間。そんな悲しいストーリーが、僕の頭の中では展開されていた。

先程まで読んでいた小説の影響だろうか。

けれども、僕は不思議に思う。オカルト好きにして怖がりな忠治が、よくそんなスポットに一人で行けたものだ。

「で、そこに男の人は居るの?」

『あ、違う違う。男の霊が出るのはこっちじゃなくて。電話かけられた方だとよ』

「…は?」

『窓の方に出るらしいからよ」出たら、実況してくれ』

僕は窓の方を見た。反射的な行動だった。

カーテンがふわりと揺れていた。窓は閉めていたから、今日の暑さに我慢できずにつけたエアコンのせいだろう。

ここはアパートの二階、窓に映るのは闇夜の景色だけのはず。

しかし。

僕の喉から、ひゅっ、と息が漏れた。

そいつは身体全体をガラスに押し付ける様に、ぴったりと窓にはりついていた。

腕も足も九十度近く曲げ、その目は何処を向いているのか分からない。

服は着ておらず全裸。その身体はぞっとする程白かった。

ヤモリだった。

「…いた」

『マジでっ!?』

「ヤモリが」

『あ?…男の霊は?』

「いない。というか待て。待て。ちょっと遅いけど言わせておくれよ。

『おう』

「ナンダソレ」

『何が?あ、ヤモリ?』

「…違う。僕を餌に使うなよ、ってこと。そういうのは自分で体験して何ぼでしょうが。しかしだ。なるほど合点がいった。だから忠治は今回一人でも大丈夫だったのだ。何せ怖い思いをするのは僕一人だから」

『まあ、いいじゃん。お前だって見たいだろ?ユーレイ。ってか、もう一度窓見てみ?今度は居るかもよ』

「さっきから窓見てるけど、誰も居ないよ」

代わりに、僕の視線に気づいてか、ヤモリが素早い動きで視界から消え去った。

『何だよ面白くねーなー。この電話から掛けると、必ず相手の絶叫が聞こえるって話だったのによー』

僕の絶叫が聞きたかったのかコイツ。

「…そんなに絶叫が聞きたいなら、清助にも電話掛けてあげれば?数打てば当たるかも知れないよ」

『そうだな。あ、でもよ、あいつ寝てる途中で起こされると、メッチャ不機嫌じゃん。ユーレイよりこええし』

「はは。まあ、確かにね。でもユーレイより怖いってのは…」

ガチャン。

「ちょっと…あれ?忠治ー?もしもしー?」

…ツー、ツー、ツー…、どうやら電話が切れてしまったようだ。忠治は二十円くらいしか入れてなかったのだろうか。

どうしよう。忠治の携帯に直接掛け直そうか。

そんなことを考えているうちに、僕の手の中で携帯が振動する。

忠治からに違いない。僕はそのことに、微塵も疑問を抱いていなかった。

けれども、ふと手が止まる。

携帯の画面。表示されているのは『公衆電話』か、忠治の携帯番号だと思っていた。

読めなかった。表示が文字化けしていたのだ。こんなことは初めてだ。

ぶうーん、と携帯は僕の手の中で振動している。

僕は僅かに揺れるカーテンの向こうの窓を見た。何もない。見えない。ヤモリも。もちろん男など居ない。

そのまま窓を凝視しながら、僕は通話ボタンを押した。耳に当てる。

「もしもし?」

何か聞こえる。小さいけれども誰かが話している。

「もしもし?忠治?」

『…遅く…ごめ…』

忠治じゃない?

微かに聞きとれるその声は、TVの砂嵐に似たノイズが混じり、断片しか聞こえなかった。

何だ?誰の声だ?

『…言うな…そ…』

男の声だと言うのは分かった。しかし、一体だれなのか。何を話しているのか。僕に向けられた声では無い。

『…今から帰るよ…』

次の瞬間、耳が壊れるかと思う程の何かがぶつかる様な音。

何かを引っ掻く様な音。何かが壊れる様な音。何かが割れる様な音。

そして何かが、柔らかい何かが潰れる様な音。

思わず僕は携帯を耳から離した。

音が無くなる。

再び携帯を耳に当てる。

『…ツー、ツー、ツー…』

電話は、切れていた。

何だったのだろうか、今のは。間違い電話だろうか。

…今から、帰るよ…。

最後の言葉だけはやけにはっきりと聞こえた。家に帰るつもりだったのだろうか。

その男はいつも仕事帰りにその公衆電話を使用し、ある日、仕事が終わって電話を掛ける前に…。

そこまで考えて僕は首を振る。妄想だ。そんなものは。

その瞬間、また携帯が震えて、僕は身構える。

しかし、今度はちゃんと画面に表示されている。忠治の携帯からだった。

「もしもし…?」

『おっせーよ。とっとと出やがれこの野郎が』
忠治の声を聞いて僕はほっとする。

そうしてからすぐに、何で僕が怒られなきゃいかんのかという疑問点に気付き、
無性に忠治のすねを思いっきり蹴ってやりたくなった。

『男は出たか?』

「出てねー。…あ、でも、変な電話が掛かってきた。

『あ、ナニソレ?』

「今から帰るよ、って」

『男から?』

「たぶん。それから、すごい音がした」

『ふーん。今、窓には?』

僕は窓を見る。もちろん、何も無い。誰も居ない。

「異常なし」

『…じゃ、間違い電話じゃね?そんな噂聞いてねえし』

「うん…。何だか僕もそんな気がしてきた…」

それから忠治は『ああ、そうだそうだ』と、何か面白いことを思いついた時の声で言った。

『俺、これから、ある実験をしてみようと思ってんだけど。お前、携帯耳から離すなよ』
「…何すんの?」

『ま、それは聞いてからのお楽しみだ』

忠治は何をたくらんでいるのだろうか。気になった僕は、じっと耳を澄ます。

その時だった。視界の隅で何かが動いた気がした。顔を上げる。窓。カーテンが僅かに揺れている。

ヤモリだろうか。いや、今のはそんな小さな動きじゃなかった。何だろう。

「…忠治?おーい、忠治ー?」

少し不安になった僕は忠治を呼んでみる。でも返答は無い。

「おーいー。誰かいますかー…」

まただ。窓の向こうで何かが動いた。

僕はベットから立ち上がり、窓の方へと近づいた。

心臓の鼓動が段々と早くなってくるのを感じた。

見間違いじゃない。僕の部屋の外に、何かがいる。

恐る恐る窓に近づく。そして僕は携帯を耳に当てたまま、カーテンを掴んで一気に開いた。

僕はその場に立ちつくす。携帯電話の向こうから忠治の声が洩れてきた。けれどそれは僕の意識まで上って来なかった。

外には何も無かった。誰も居なかった。窓の向こうには相変わらず黒く塗りつぶされた街の景色が広がっているだけ。

暗闇を背にしたガラスは、鏡の様に僕の部屋の中を映していた。

外じゃない。そいつは部屋の中に居たのだ。

僕の背後。窓とは反対側の玄関へと続くドアの傍に何かがいた。

振り向くことが出来なかった。心臓の鼓動がより早くなる。

服装で男だと分かったが、それ以上は無理だった。そいつにはちゃんとした顔がついていなかった。

まるで、出来の悪いスプラッター映画を見ている様な気分。

鼻から上が無い。そいつは顔の半分が欠如していた。無いのだ。文字通り無。目も無い、耳も無い。

でこも無い。ならば脳も無いのだろう。

そいつの口が動いた。ゆっくりと上下に開く。

『ただいま』
声はそいつの口から聞こえてきたのではなかった。僕の耳に当てた携帯から。もちろん忠治の声じゃない。

『ただいま』
ガラスに写るそいつの口の動きに合わせて、携帯電話の奥から声がする。

『今、帰ったよ』
ふつふつと脂汗が額に浮き出ているのが分かった。

もし今振り返ったらどうなるのだろう。部屋の中には何もいないのか。それとも…。

悲鳴が、叫び声が、喉の奥までせり上がって来ている。

『ただいま。…今、帰ったよ』

僕が悲鳴を上げようとしたその時だった、
『うるせえな今何時だと思ってんだこのボケが!!』

聞き覚えのある怒声が、僕の携帯を当てていた左の耳から右の耳へと貫通した。

「うわあっ!」

僕は飛び上がって悲鳴を上げた。

けれどそれは恐怖の悲鳴では無かった。

それから忠治の『うはははは』と言う笑い声が、電話の向こうから聞こえて来る。

気付けば僕は窓の傍に尻もちをついてひっくり返っていた
電話から聞こえてきた怒声は清助の声だった。

「うあ、うあ、うわわわ…」

恐怖と驚きと混乱で、声にならない声が僕の口から洩れる。

尻もちはついたけれど、携帯はしっかり手に持って放り投げてはいなかった。

『…――あん? お前か?忠治と一緒に居るのか?』

何が何だか分からない。どうして清助の声が電話口から聞こえてくるのか。どうして僕が怒鳴られなきゃいけないのか。

そして、ひっくり返った拍子に後ろを見てしまったわけだが、僕の部屋の中には今、僕意外に誰も居ない。

窓に写っていた顔半分の無い男も居なかった。

『おい、忠治に代わってくれ。説教するから』

忠治は未だ電話の向こうで『あひゃひゃひゃ』と心底可笑しそうに笑っている。

僕は何度も何度も細かい息を吐いて、ようやく理解した。

つまり今、忠治は公衆電話の中で、自分の携帯と公衆電話の受話器を合わせているのだ。
忠治を介して僕と清助は互いの声が聞こえている。

『うっはっは。あーおもしれー。ってか、こんな風につなげても会話って出来んだなー』
『黙れボケが。何が可笑しいのか知らんが、明日会ったらお前、』

『あーワリー清助、十円しか入れてないからよ」もう切れるわあっはっは!』

『テメ俺の安眠を、』

ガッチャン。どうやら忠治が受話器を戻したらしい。

『あー面白かった。ってかおめーも驚き過ぎだろ。マジで悲鳴あげてたし』

「…うん」

僕は恐る恐る窓ガラスを見てみる。見馴れた僕の部屋。僕一人。他は誰も居ない。

深い安堵の溜息を吐く。怖かったしグロかった。ああいうのは駄目だ。

幽霊というのは、もっとこうスマートで無くてはならないと切に思う。

『んー? どうしたお前、何かあったのか?』

そう言えば、忠治がさっきの公衆電話から清助に電話を掛けたのだとすれば、さっきの頭なし男は清助の部屋にも行ったのだろうか。

「…いや、ないない」

僕は何故か確信できた。それは無い。僕は清助に怒鳴られた言葉を思い出していた。

やっと帰りついて、あんな言葉を言われたら誰だって消えたくなる。

『あ、そ?何もなかった?』

「うん。何も無かったよ。…それより忠治さ、今からウチに来ない?目が冴えちゃってさ。何かして遊ぼうよ」

『あー行く行く!んじゃ、二十分くらいでそっち着くわ』

「うん。じゃあまたあとでね」

忠治との電話を切った後、僕はすぐに清助に電話を掛けた。清助はもろ不機嫌だった。

『…ああ?』

「あ、清助?ねえ、さっきの忠治の電話で目冴えちゃったんじゃない?」

『…ああ』

「じゃあさ。今からさ、ウチ来ない?」

『ああ?何で』

「忠治も来るよ」

『行く。待ってろ』

これでよし。

僕は電話を切ると、ベットの上に倒れこんだ。

まず忠治が先に来るだろう。後で清助がやって来るとも知らずに。僕はそっとほくそ笑む。

でも、それは二人を呼んだ理由の一つにすぎない。

僕は携帯を開けて、着信が来ない様に電源を切った。それから、はっと気づいてカーテンを全部閉める。

その瞬間、ヤモリが一匹窓を横切った。

「うひっ!」

悲鳴を上げて飛び退く。

…ああ怖い怖い。

読みかけていた本もホラーものだったけれど、今日はもう読めない。

これが理由の二つ目。

僕一人じゃ、今夜はどうにも眠れそうになかったから。

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