短編 洒落にならない怖い話

謎の同棲女

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1996年6月下旬の蒸し暑い日でした。

372 :山師さん:2001/09/22 22:46

その日、私は田中さんというメゾネットタイプの集合住宅を賃貸経営している大家さんの所へ、先月退居された住人の預かり費用についての営業でお伺いしました。

先月退居された方、正確にはその住居で飲薬自殺された二十代の女性なのですが、同性していた男性に騙されて借金を背負わされ浮気相手と一緒に男性が出ていった後に自殺したそうです。

こう詳しく私が知っているのも、女性の部屋を訪問した田中さんが死体の第一発見者となってしまい……

こういったケースが初めてだった田中さんが、私を呼びつけてサービス営業で諸手続きを手伝わせた事をきっかけに、お互い愚痴を言い合えるような仲になったからです。

男性が出ていった後は、女性の部屋から泣き声やモノを壊す音が夜通し聞こえていたそうで、他の住人からの苦情で田中さんがこの女性に注意しに行った時に親身になって相談を受けたそうで、それから毎日の様に話相手になってあげたそうです。

そしていつものように田中さんが女性へ挨拶に行くと、ドアの前がガス臭く急いで元栓を締め百十九番したのですが、女性はガスだけでなく睡眠薬を大量に飲んでおり生き絶えていました。

その日は、田中さんが晩飯を奢ってくれるという事で十八時過ぎに田中さんの家へ着いたのですが、先月の事など忘れたように明るく出迎えてくれました。

仕事の話を終えその後、田中さんがとった出前寿しを二人でのんびりTVでナイターを観戦しながら食べたのですが、田中さんは三人前で注文したようで食べる順番に困った私は一人前分だけ食べました。

すると、田中さんも私と同じように一人前だけ平らげ、きれいに一人前分の寿司が残りました。

私は大して空腹でもなかったし、その日のナイターが好試合だったせいもあって、大して気にも止めず酒を飲みながら雑談を続けたのですが、なぜか先月の事件の話題になると田中さんはあたかもどこか他所の他人の話のような受け答えしかしないのです。

女性が死んだ後、あれだけ深く悲しみ同情した田中さんが、このようなそっけない態度をとる事に私は奇妙な感覚を覚えました。

それは田中さんの態度だけでなく、お吸い物をテーブルの上に三つ出したり座布団を三つ出したり、まるで私の他にもう一人来客があるような用意をしているのです。

その事に気付いた私は、なんとなく不快な感じになりトイレに立ちました。

用を足し、居間に戻る時私の記憶が呼び覚まされました。

この玄関の香料は前に何度も嗅いでいる。

たしか亡くなった女性の住居をリフォームする際にあの部屋で嗅いだにおいだ。

そして、何気なく目をやった玄関にはなぜかハイヒールが置いてあるのです。

私が知らないうちに田中さんは女性と同棲を始めていたのか、ああ、なるほど。

そう結論を出し、二人の邪魔をしないように退散しようと思い、田中さんへご馳走になったお礼と帰る事を告げたところ意外な返事がきました

「もう遅いから泊まっていけよ」

時計を見るともう二十三時を過ぎていました。

私なりに田中さんに気をつかって、帰ってからも仕事が残っていると嘘をついて同僚に迎えに来てくれるように電話を入れ、やがて迎えが来ました。

帰り間際どさくさにまぎれて同棲している女性について探りをいれてやろうと思い田中さんに、その人はいくつなんだいと聞いてみると

「恥ずかながら一回り下の二十二歳、おまえも知っているだろ加奈子さんだよ」

そうはずんだ声で返した田中さんとは裏腹に、私は背中に冷たいものを感じました。

そう、加奈子さんという名前は先月亡くなった女性と同名なのです。

「加奈子さんって、田中さん……」

その続きが口から出る前に何か冷たい視線を感じ、そのまま口をつむんでしまいました。

「何だい?」と上機嫌で返す田中さんに「いや、何でも無い」とだけ言い靴をはき玄関を出ました。

ドアの前でご馳走になったお礼を改めて伝え、楽しかったまた来るよと言った後……

田中さんが

「おうっ、また来いよ」

と返事した声に重なるように、女性の声が田中さんの後ろから聞こえました。

「マタイラシテネ……」

明らかに田中さんとは違う透き通った小さな声が聞こえたのです。

そして、その声が聞こえたと同時に田中さんがドアの前に出たのですが、その後には誰もおらず居間とテーブルが見えるだけでした。

その何も無い部屋を見たとたん、どっと冷や汗が出てきてぎこちない挨拶を交わしながら田中さんと別れ、待っていた同僚の営業車に乗り込みました。

車はそのまま私の家に向かおうとしましたが、どうしても気になり確かめたいことがありました。

 

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そして、それを確かめる為、同僚と一緒に自殺した女性の元住居へ向かいました。

零時を過ぎた夜中に同僚と二人で玄関先まで来ました。

やはり表札は取り外されていましたが、ポストにダイレクトメールがいくつか差し込まれているのに気付きました。

そこから一つ抜き取り、ライターの火で明かりを灯し宛名を確認しました。

やはり

「木原加奈子さんだ……」

それを確認したとたん、急に田中さんの事が気になりだし、その場から携帯で連絡をいれました。

田中さんはすぐ電話に出て

「やあ、どうしたんだい」

と笑いながら答えました。

私は、田中さんに同棲しているのは死んだ人間ではないのか?

自殺した女性じゃないのかと核心を聞き出そうと話し出したそのとき

「カレヲハナサナイ……」

そう電話の先から韻を込めた低い女性の声が、はっきりと聞こえ……
そこで電話が切れました。

先ほどの透き通った小さな声とはまったく違う低く重い声で、『彼を離さない』と……

電話が切れた後、私は同僚と一緒にその場を逃げ出し車に乗り込み、そして事態を飲み込めない同僚に一部始終話しました。

そして、私が話し終えた後、同僚は私に意外な一言を伝えました。

部屋の前で加奈子さんが携帯かけている時、加奈子さんのすぐ横から低い男の人の声が聞こえたような気がするんですけど、気のせいですかね?

それから四日後、田中さんは亡くなりました。

死因は衰弱死です。

警察からは熱中症と聞きましたが、田中さんの部屋にはエアコンが設置してありました。
このメゾネットマンションは、経営者が変わりましたが今も存在しています。

(了)

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