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中編 洒落にならない怖い話

道連れ岬【ゆっくり朗読】2200

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深夜十一時。僕とSとKの三人はその夜、地元では有名なとある自殺スポットに来ていた。

原著作者:2010/08/1616:47なつのさん「怖い話投稿:ホラーテラー」

僕らの住む町から二時間ほど車を走らせると太平洋に出る。

そこから海岸沿いの道を少し走ると、ちょうどカーブのところでガードレールが途切れていて、崖が海に向かってぐんとせり出している場所がある。

崖から海面までの高さは、素人目で目測して五十メートルくらい。

ここが問題のスポットだ。

もしもあそこから海に飛び込めば、下にある岩礁にかなりの確立で体を打ち付けて、すぐに天国に向けてUターンできるだろう。

そしてここは、実際にたびたびUターンラッシュが起きる場所でもあるらしい。

『道連れ岬』

それがこの崖につけられた名前だった。

僕らは近くのトイレと駐車場のある休憩箇所に車を停め、歩いてその場所に向かった。

「そういやさ。何でここ『道連れ岬』って言うんかな?」

僕は崖までのちょっとした上り坂を歩きながら、今日ここに僕とSを連れて来た張本人であるKに訊いてみた。

「シラネ」

Kはそう言ってうははと笑う。Sはその隣であくびをかみ殺していた。

「まあ、でもな。噂だけどよ。ここに来ると、なんか無性に死にたくなるらしいぜ?」

「どういうこと?」

「んー、俺が聞いた話の一つにはさ。
前に、俺たちみたいに三人で、ここに見物しに来た奴らがいたらしい。
で、そいつらの中で、一人が突然変になって、崖から飛ぼうとしたんだとよ。
で、それを止めようとしたもう一人も、巻き添え食らって落ちちまった」

「ふーん」

「……巻き込まれたやつはいい迷惑だな」

Sがかみ殺し損ねたあくびと一緒に小さくつぶやく。眠いのだろう。

ちなみに、ここまで運転してきたのはSだ。

そういうスポットに行くときはいつも、オカルトマニアのKが提案し、僕が賛同し、Sが足に使われるのだった。

「いや、実際いい迷惑どころじゃねーんだよな。実際死んだの、その止めに入ったやつ一人らしいし」

「はい?」と言ったのは僕だ。

だってそれは理不尽と感じるしかない。飛ぼうとした人じゃなくて、止めに入った人だけ死ぬなんて。

「詳しいことはそんなしらねえけどさ。多いらしいぜ、同じような事件」

「ふーん」と僕。

「……その同じような事件ってのは、どこまで同じような事件なんだ?」

興味がわいたのか、Sが訊く。

「うハハ、シラネ。あんま詳しく訊かなかったからなあ……お、そこだよ」

話しているうちに、僕らはカーブのガードレールが途切れている箇所まで来ていた。

そこから先は、僕らの乗ってきた軽自動車が横に二台ギリギリ停まれる程のスペースしかない。

近くに外灯があったけれど、電球が切れかけているのか、中途半端な光量が逆に不気味さを演出していた。

ざん、と下のほうで波が岩を打つ音が聞こえる。

「誰もいねーな」

Sは心底つまらなそうだ。

「ま、他の噂だと、崖の下に何人も人が見えるだとか、手が伸びてくるだとか……」

と言いながら、Kがガードレールをまたぐ。

ガードレールの向こう側は安全ロープなども一切張っておらず、確かに『どうぞお飛びください』といった場所ではある。

「ちょ、おい。K、危ないって。いきなり飛びたくなったらどうするんだよ」

僕の忠告を無視し、Kは崖のふちに立って下を覗き込む。

「おー、すげーすげー」

この野郎め、そのまま落ちてしまえばいいのに。

「死にたくなったら一人で飛べよ」

Sはそう言って、崖に背を向ける形でガードレールに腰掛け、車から持ってきたジュースの入ったペットボトルに口をつけた。

僕はというと、どうしようかと迷った挙句、一応ガードレールを乗り越えて、何かあったときにすぐ動けるよう待機しておく。

しばらくして、じろじろと海を覗き込んでいたKが立ち上がった。

「うーん、何もねーなー。なあ、ところでお前らさ、今、死にたくなったりしてるか?」
どんな質問だよと思いながらも、僕は「別に」と首を横に振る。

SはKに背を向けたままで、「死ぬほど帰りてえ」と言った。

Kが自分の右手にしている腕時計で時間を確認する。

「えーでもよー。ここまで来て何も起こらないまま帰るってのもなー。……なあ、もうちょっと粘ってみようぜ」

「一人で粘っとけよ」

「冷たいこと言うなよSー。俺とお前の仲じゃんかー、ほら、暇なら星でも見てろよ」
「死にたくなれ」

漫才コンビは今日も冴えている。

と言うわけで。僕らは二十分という条件付で、もう少しだけここで起きるかもしれない『何か』を待つことになった。

それから僕ら三人は並んでガードレールに腰掛け、崖側に足を伸ばして座っていた。

僕はボケーっと空を見上げ、Sは腕を組んで目を瞑り、Kはせわしなく周りを見回している。

「やべ……、俺ちょっくらトイレ行ってくるわ」

十分くらいたったとき、Kがそう言って立ち上がり、車を停めた休憩所に向かって歩いていった。

隣を見ると、Sは先ほどから目を閉じたままピクリとも動かない。

僕はまた空を見上げた。先ほどKが言っていた、この崖にまつわる話をふと思い出す。

この崖に来ると無性に死にたくなると言うのは本当だろうか。今のところ自分の精神に変わりはない。

「『道連れ岬』って言うんだろ……ここ」

突然隣から声がしたので、Sの声だとはわかっていても僕は驚いて実際腰が浮いた。

「何?いきなりどうしたん?」

「いや、ちょっとな」

近くにある外灯の光が、Sの表情をわずかに照らす。Sはいまだ目を開いてなかった。

「さっきKが言ってたろ。一人が飛ぼうとして、二人が落ちて、一人が死んで……、なんかしっくりこなくてな。考えてた」

「で、分かった?」

「さあ、分からん。

ただの尾ひれのついた噂話か………そもそも、全部が超常現象の仕業っつーなら、俺が考えなくとも良いんだがな」

「うん」

Sが何に引っかかっているのか分からなかったので、適当に返事をする。

Sはそれ以降何も言わなくなった。本当に眠ってしまったのかも知れない。

しばらくたって、誰かの足音に僕は振り返った。Kだ。Kが坂の下からこちらに歩いてきていた。

大分長いトイレだったような気がする。僕はKが来たら『もうそろそろ帰ろう?』と提案する気でいた。

しかし、歩いてくるKの様子に、僕は、おや、と思う。

Kはふらふらとおぼつかない足取りだった。どことなく様子がおかしい。僕は立ち上がった。

「おーい、K、どうした?」

僕の声にもKは反応しない。俯いて、左右に揺れながら歩いてくる。

「お、おい……」

Kは僕らのそばまで来ると、黙ってガードレールを跨ぎ、僕とSの横を通り過ぎた。

表情はうつろで、その目は前しか見ていない。

三角定規の形をした崖の先端。そこから先は何もない。

Kは振り向かない。悪ふざけをしているのか。Kの背中。崖の先に続く暗闇。海。

何かがおかしい。その瞬間、体中から脂汗が吹き出た。

「おいKっ!」
僕はKを引き戻そうと手を伸ばした。けれど、Kに近寄ろうとした僕の肩を誰かが強くつかんだ。

振り返る。Sだった。

「やめろ」

Sの声は冷静だった。

「でもKが!」

「あれはKじゃない」

「……え?」

Sの言葉に、僕は崖の先端に立ちこちらに背を向けている人物を見つめた。

今は後姿だが、あれはどう見たってKだ。先まで一緒にいたKだ。

「今は何時だ?」

Sが僕に向かって言う。その額にも脂汗が浮かんでいた。

「答えろ。今は何時だ?」

Sは真剣な表情だった。僕はわけが分からなかったが、自分の腕時計を見て「……十一時、四十分」と言った。

「だろう。だったら、あれはKじゃない」

僕はSが何を言っているのか分からず、かといって僕の肩をつかむSの腕を振りほどくこともできず、ただ、目の前のKらしき人間を凝視する。

あれはKじゃない?

じゃあ、誰だというのだ?

時間がどうした?

あいつがKだと思ったから伸ばした僕の腕。開いていた掌。

迷いと混乱と疑心によって、僕はいったん腕を下ろした。

その時、目の前のそいつが振り向いた。首だけで、180度ぐるりと。

そいつは笑っていた。顔の中で頬だけが歪んだ気持ち悪い笑み。Kの顔で。

その笑みで僕も分かった。あれはKじゃない。

そいつは僕とSに気持ち悪い笑みを見せると、そのまま首だけ振り向いたままの姿勢で……飛んだ。

「あ、」

僕は思わず口に出していた。

頬だけで笑いながら、そいつはあっという間に僕らの視界から消えた。

何かが水面に落ちる音はしなかった。

「……飛んだ」

僕はしばらく唖然としていた。口も開きっぱなしだったと思う。

突っ立ったままの僕の横を抜けて、Sが数十メートル下の海を覗き込んだ。

「何もいねえな。浮かんでもこない」

僕は何も返せない。Sはそんな僕の横をまた通り過ぎて。

「おい、いくぞ。……Kは大丈夫だ」

そう言ってガードレールを跨ぎ、車を停めた休憩所への下り坂を早足で降り始めた。

僕もそこでようやく我に帰り、崖の下を覗くかSについていくか迷った挙句、急いでSの後を追った。

「S、S!警察は?」

「まだいい」

Sは休憩箇所まで降りると、車を通り過ぎ、迷うことなく男子トイレに入った。僕も続く。

トイレに入った瞬間、僕ははっとする。

洗面所の鏡の前で、Kがうつ伏せで倒れていた。

急いで駆け寄る。Kはぐうぐう眠っていた。気絶していたと言ってあげた方がKは喜ぶだろうが。

僕はKがそこにいることがまだ信じられないでいた。

例えKじゃなくても、ついさっきKの形をしたものが確かに崖から飛んだのだ。

「おいこらK」

Sが屈み込み、寝ているKの右側頭部を軽くノックする。三度目でKは目覚めた。

「いて、何。ん……、ってか、うおっ!?ここどこだ!」

Kだ。まぎれもなく、これはKだ。僕は確信する。

急に、どっと安堵の気持ちが押し寄せてきて、僕は上半身だけ起こしたKの背中を一発蹴った。

「いってっ!え、何?俺か?俺が何かした?」

何かしたも何も、僕はKに何と説明したら良いものか考えて、結局そのまま言うことにした。

「Kが、……いや。Kにそっくりなやつが、僕らの目の前で崖から飛んだんだ」

Kは目をパチパチさせ。

「はあ?……うそっ!?マジかよ俺死んだの!?やっべ、すっげー見たかったのにその場面!」

Kだ。こいつはまぎれもなくK過ぎるほどKだ。あきれて笑いが出るほどだった。

「おい、お前ら。帰るぞ」

Sが言った。

「ええ?そんな面白いことあったんだったらまだ居ようぜ。俺だけ見てないの損じゃん!」

「うるせー。二十分は経った。俺は帰る。俺の車で帰るか、ここに残るかはお前ら次第だ」

そう言ってSはトイレから出て行こうとした。

けれど何か思い出したように立ち止まり、「ああ、そうだ。忘れてた」と独り言のように呟くと、つかつかと洗面台の前に戻ってきた。

「ビシッ」

深夜のトイレ内に異様な音が響いた。

Sが手にしていたペットボトル。Sはその底を持ち、一番硬い蓋の部分を、まっすぐ洗面所の鏡に叩きつけたのだ。

蜘蛛の巣状に白い亀裂の入った鏡は、もう誰の顔も正常に写すことはない。

僕とKは石のように固まっていた。

Sは平然とした顔で鏡からペットボトルを離すと、僕ら二人に向かってもう一度「ほら、帰るぞ」と言った。

僕とKは黙って顔を見合わせ、Sの命令に従って、急いでトイレを出て車に乗り込んだ。

結局警察は呼ばなかった。誰も死んでない。俺らは何も見てない。Sがそう言ったからだ。

帰り道。後部座席で色々と騒いでいたKが、いつの間にか寝ているのに気づいた後、僕はそっとSに訊いてみた。

「なあ。Sは、どうしてあれがKじゃないって分かったん?」

「あれってどれだ」

「僕らの目の前で飛んだ、Kそっくりな奴」

「ああ」

「……顔も、服装も、体格も、絶対あれはKだったと思う。どこで見分けたんかなあ、って思ってさ」

するとSはハンドルを握っている自分の左手首を指差し、「あいつの時計がな、左手にしてあったんだ」と言った。

「いつもKは右手に時計をつける。今日もそうだった」

「はあ」

「だから、おかしいと思って注意して見てみた。そしたら、文字盤が逆さだった。一時二十分。そんだけだ」

十一時四十分。一時二十分。鏡合わせ。

「そうか。だから鏡を割ったんだ」

「……ん?ああ、いや。ありゃただの鬱憤晴らしだ。やなモン見たしな」

「はああー……」

Sは鬱憤晴らしなどする様な奴ではないが、まあそれはいいとしよう。

しかしまあSよ。お前は一体どんな観察力してんだ、と僕は思う。

普通だったら気づかない。そんなところには目もいかない。絶対に。

その証拠に、僕はあいつがKじゃないと分からなかった。

「でも、本当に警察呼ばなくて良かったんかな?」と僕が言うと、Sは首を横に振った。

「俺らは何も見なかった。Kは死んでない。それでいいだろ」

確かに、それでいいのかもしれない。Sに言われると、そんな気がしてくるから不思議だ。

それに、きっと死体は出ない気がする。あくまで僕のカンだけれど。

「しかしなあ。もしかすると、あのまま手を伸ばしていたら、お前。逆に引っ張り込まれてたかもな」

何気ない口調でSは恐ろしいことを言う。僕は一気に背筋が凍りついた。

「道連れ岬とはよく言ったもんだ」

そう言ってSは大きなあくびをした。

後ろでKが何か意味不明な寝言を言った。僕はぶるっと一回体を震わした。

生きててよかった。

「……そういや、俺今めっちゃ眠いんだけどよ。これ事故って道連れになったらごめんな」とSが言った。

たぶん冗談だろうが、僕はうまく笑えなかった。

Sの運転する車は僕らの住む町を目指して、深夜、人気のない道を少しばかり蛇行しながら走るのだった。

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