短編 奇妙な話・不思議な話・怪異譚

鎌爺(かまじい)#1047

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小学生の頃、田舎に住んでいたいた時の話。

その村には鎌爺という、有名な爺さんがいた。

その爺さんは身内の人が面倒を見ているらしいが痴呆症らしく、いつも同じ道端に座っていてボーとしている人だった。

そしていつも手には何故か草刈り用の鎌を持っていた。

そのせいでみんなから鎌爺と呼ばれていた。

僕は近くにある百貨店や友人の家に行くときにこの鎌爺の前を通るのがものすごく怖かった。

なにせボケてるし、その手にはいつも草刈り鎌、いつ襲ってきてもおかしくない。

ある日僕が、友達の家の近くで遊んでいた時のこと、激しく車のクラクションを鳴らす音が聞こえてきた。

なんだろう?と思い、音の鳴る方を見てみると、軽トラックが道路に止まっていた。

そして道路の真ん中には鎌爺が座っていた。

鎌爺を道路からどかそうとしてクラクションを鳴らしているらしいけど鎌爺のほうは、いくらクラクションを鳴らされても動ぜずただボーとあらぬほうを見ていた。

僕はしばらく、その様子を遠くから見ていた。

やがて二人の夫婦が車から降りた。

夫婦はこの辺りに住んでいる人らしく、今から畑に行く途中らしかった。

その夫婦は車から降りると鎌爺を二人で抱えた。

僕は鎌爺を車の通行の邪魔にならない、端のほうに連れていくのだろう……

と思っていたが、違った。

その夫婦は、鎌爺を抱えるとまっすぐ僕のほうへとやってきた。

僕はなんだか少し怖くなり、その夫婦に見つからないように、他人の家の物陰に隠れてその夫婦を見ていた。

その夫婦はトラックの停めているところから少し離れた所にある井戸の所までその鎌爺を抱えていった。

井戸の所まできて鎌爺を降ろすと夫婦は一息ついた。

僕は何をするつもりだろうとそれを見ていたが、しばらくしてまた鎌爺を持ち上げた、そしてそのまま井戸の中に……

はっきりとはその瞬間を見ることはできなかった。あまりの恐ろしさに目をそらしてしまったからだ。

僕は怖くなりその場を逃げ出したかったが、あの夫婦に見つかると自分も井戸の中に放り込まれるのではないかと思い、とにかくその場を動かずにその夫婦がその場を去るのを待っていた。

やがて、その夫婦は何事もなかったように軽トラックに乗り込むとそのままその場所を去った。

それを確認して僕は、走って家に帰り母親にそのことを説明した。しかし、母親は信じてくれなかった。

考えてみれば、昼間のそれも近くに割と民家の密集しているところである。

そんなことが、白昼堂々行われるとは、信じられない。

あまりに唐突な出来事で僕自身もなんだかいまいち実感がなかったくらいだったし、投げ込まれる瞬間をはっきりと見たわけでもなかった。

結局、僕の言ったことは誰にも信じてもらえなかった。

僕もあれはもしかしたら僕の勘違いだったもかも知れないと思うようになった。

井戸に投げ込んだように見えたけど、鎌爺を井戸の脇、僕から見えない位置に置き直しただけじゃないかと。

だけどその日から鎌爺の姿を見ることがなくなった。

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何日かして、父親になにげなく鎌爺はどうしたの?と聞いてみた。

父親の話だと病気になっていて、今はずっと家で寝たきりらしいそうだ。

僕は鎌爺のことが気になっていて、本当に鎌爺が生きているのか確認したくなって、家に行ってみようと思った。

鎌爺の家は僕の家から歩いて10分ぐらいの距離にあるんだけど、鬱蒼とした森みたいなとこにあって夜には絶対来たくない場所だった。

友達にちょっと見に行かないかと誘ってみたけど用事があるとか何とかで結局誰も誘えなかった。

ここで止めとけば良かったのに、当時の僕は好奇心が旺盛で昼間だし大丈夫かなと思い一人で行くことにした。

普段は大人しくても呆けた老人の行動は読めないので、工作に使っていた小刀を一応護衛代わりに持って行くことにした。

父親から鎌爺の家もある場所を聞き、その場所に一人で向かった。

家は、いつも鎌爺が座っていた道端からそう遠くない所にあった。

僕は鎌爺の家の前を通り過ぎるふりをしながら中を見てみた。

家は結構大きかった。人の気配がなくてがらんとした感じだった。

僕は通り過ぎてしばらく少し離れた所から家の様子を眺めていたが、鎌爺の姿を見ることはできなかった。

しばらくそうして見ていると、見覚えのある軽トラックが、鎌爺の家のほうに向かってやってきた。

あの時の軽トラックだった。

軽トラックはそのまま鎌爺の家の中に入っていった。

僕はまた引き返して、鎌爺の家の前をまた通りすぎた。家の中に軽トラックが停めてあった。

そしてあの時、鎌爺を抱えていた夫婦が、軽トラックから荷物を降ろしていた。

どうやらその夫婦が鎌爺の身内の人らしかった。

一瞬嫌なことが頭をよぎった。

もう関わるのはやめようと思いその日はそのまま家に帰った。

それから何週間か過ぎ、近くに住む同じ学校に通っている2つ上の親せきの子の家に泊まることになった。

夜、眠るときに僕はその親せきの子になにげなく「鎌爺って最近見ないね」と言った。

親せきの子は鎌爺のことについて知っていた。

今は病気で寝たきりになっているらしい、だけれども鎌爺は最近、夜になると家を抜け出してあちこちうろつくようになっているらしい。

そして、その親せきの子の友人は最近その鎌爺を見たらしい。

その友人は夜中に畑のあぜ道で、屈んで何かを食べている鎌爺を見たんだそうだ。

何だろうと思いよくみると、犬を鎌でさばいて食べていたんだという。

その友人はそれを見て恐ろしくなって逃げ帰ったそうだ。

その後も、学校中で鎌爺のいろいろな話は何度か聞いた。

元々、怖がられ、気味悪がられていたけれど、夜にうろつくようになり、奇っ怪な行動をするようになり更にいろいろな噂を聞くようになった。

学校側や子供達の親は、最初の内はよくある学校の怪談話のようなものだと思っていて、あまり真剣にこの話を聞いてはいなかった。

だが、確かにボケて鎌を持ち歩いているような老人が、夜な夜なうろついているのは危険だと思ったらしく、鎌爺の身内の人あの夫婦に夜中に出歩かせないよう言いに行ったらしい。

そういうことがしばらく続いたあと、その夫婦は引っ越していった。

友達の話だと、鎌爺は病気が悪化して大きい病院に入院することになったらしい。

それで、夫婦は病院の近くに住むことになったそうだ。

だけどその後も、鎌爺を夜に見たと言う話はたびたび聞いた。

みんなは、鎌爺がまだ生きていると思っていたが、僕はもう鎌爺が死んでいると思っていた。

何度か井戸のなかをのぞきこんで、死体があるのかないのか確認しようかとも思ったが、僕はあの一件以来、どうしても井戸に近づく気にはなれなかった。

もし本当に死体があったらと怖かった。

それからニ年ぐらいして、僕はその村を引っ越すことになった。

それから鎌爺がどうなったのかは、わからない……

(了)

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