第7話:鬼子
キツネつき、天狗、河童など、日本全国には沢山の伝説がございます。
どれも、おどろおどろしいお話が付き物でございます。
私の故郷にも「鬼子」という謂れがございます。
鬼子と申しますのは、生まれたばかりの赤ちゃんのうち、ある特徴を持つ子のことをいうのですが、詳しいことは伏せさせていただきます。
私の村では、昔から鬼子は恐れられ、不吉の前兆だとされておりました。
鬼子が生まれた家は、呪われ、ひどいときは村を追い出される者もおりました。
さて、これは今から40年程前のお話でございます。
私の家の右向かいに、立派なお屋敷がそびえておりました。
石垣に覆われた、昔ながらのお家でございました。
実は、この屋敷の坊ちゃんは、まさしくその鬼子だったのでございます。
しかしながら、なにぶん大きな家に生まれた御長男。
鬼子であった事は内密にと、産婆などには大金を握らせたそうでございます。
因果なもので、秘密というものは、時が経てば必ずわかるもの。
現に、私の耳にも入っておるといった次第でして。
坊ちゃんは、私の息子よりひと月遅く生まれたのですが、みるみるうちに成長されました。
小学校にいかれる頃にはもう、坊ちゃんは小学生には見えないくらい大きくなられました。
もちろん男児たるもの強く、たくましくなられるのはよろしいのですが……
坊ちゃんは、小さい頃から弱いものいじめや、残酷な事をする子でございました。
始めは、小さな虫を捕まえては殺したりしておったそうです。
しかし、それはだんだんと限度を過ぎ、猫に石を投げて殺したり、犬を蹴って半殺しにするようになりました。
果ては、私の家の鶏小屋の戸を勝手に開けて、生きた鶏の羽をむしっていたところを私が注意したくらいですから……
そういえば、息子の学校の近くでは、よく猫や鳥が死んでおったといいます。
それも足や首が無かったり、目をえぐられたり、残酷であったそうです。
もちろん、そういう事をする子供はあの坊ちゃんしかいないと、皆知っておりました。
しかし、なにぶん大地主さんのお家の坊ちゃんです。
陰口を言うくらいにしておかなければ、何をしてくるかわかりません。
そういった封建的な要素がまだ、昔の村には残っていた事をご理解願いたいのでございます。
しかし、なぜ坊ちゃんがそんな残酷なことばかりするのかわかりません。
お金持ちの庄屋のお坊ちゃまです。
何不自由ない生活がいけないのでしょうか……
「息子は勉強もできるし、とてもいい子だ」
とは、ご主人のいつもの自慢でございました。
親の目の届かぬ所で、悪戯ばかりするような子であったのでしょうか。
しかし私にはそうは見えませんでした。
そんなある日、私の息子が息せき切って家に帰ってまいりました。
そして目を真ん丸にして言うのです。
「父ちゃん!庄屋の坊ちゃん、今日は大きい蛇を殺したど。学校の帰りよ。いつも通る藪に隠れてたやつよ。石で蛇の頭、ぐちゃぐちゃに潰しよったど。ほんでの、皮をはいで俺の首に巻き付けてきよったんや!!」
子供の目は真っ先に真実を伝えるといいますが、まさしく息子の目はそうでありました。
さすがの私も、あの時ばかりは辛抱なりませんでした。
息子のシャツについている蛇の血を見たら、怒りがフツフツとこみ上げてきたのです。
昔から、蛇は村の神様だと言われております。
それをなぶり殺しにし、嫌がる息子の首に巻き付けるなど……
「もう、あそこの坊ちゃんとは付き合うたらいかん」
と、息子にぴしゃりと言いつけました。
そしてしばらく考えた末、庄屋さまの所に行って、坊ちゃんに少しお灸を据えてやろうと思うたのでございます。
あの時ばかりは、勇気が必要でございました。
しかし私はめげず、ふんぞりかえった態度で、庄屋さまの門をたたきました。
「もし!お宅のお坊ちゃん、えらい事をしでかしてくれた!」
私が一部始終、坊ちゃんの今までの行動と事の次第をお話したところ、ご主人もあきれた様子でした。
しかし、まだ私の言うことが信じられないという様子でございました。
そしてご主人は、
「あれは離れの方におるはずじゃから、会うて言ってやってくれ」
とボソリとおっしゃった。
私は言われたとおり、離のございます広い裏庭に行きました。
庭にはやはり坊ちゃんがおりました。
こっちに背中を向けておりますが、大きな庭石の上でなにかしている様子です。
私は声をかけようと近寄って、のぞき込むように見てみました。
すると彼は包丁で何かをトントントンと刻んでおりました。
始めは何だろうとおもいましたが、庭石の脇に無残にも積まれたたくさんの死骸から、それが何かわかったのです。
坊ちゃんは、蛇を包丁でバラバラに切っているではないですか!!
そして、庭石の横の死骸をよく見ると、中には白い蛇の姿もございました。
「なんて恐ろしい事をする子だ」
と心の中で思いました。
そして私は怒りながら、
「坊ちゃん、そんな事ばかりしていると『たたり』があるよ。みんな、坊ちゃんと同じ命をもっとるんやからね」
と言い聞かせたのでございます。
坊ちゃんの態度ですが、わかったのか、それともわかっていないのか、彼は軽い返事を一つしました。
そして私は、
「ちゃんとその死骸を埋めてやるのですぞ」
と坊ちゃんに言い聞かせたのでございました。
それから数日後、庄屋さまの家の裏手の大通りで、ガシャーン!!と大きな音がしました。
ビックリした私は家を飛び出て、そこに駆けつけたのでございます。
するとそこには大きなダンプカーが、電信柱にぶち当たって、車のクラクションが鳴りっぱなしでした。
私はそのダンプの後方から、それを見ておりました。
電信柱に張ってある看板のてっぺんがダンプの向こうに見えておりました。
タイヤは溝に落ち込んでおり、ダンプのぶつかった電信柱は道に倒れそうです。
私はダンプの前部を見ようと、少し駆けて行きました。
ダンプの運転席を横目に、ぐしゃぐしゃのフロント部分をのぞき込んだ私は、その場で凍りつくしかありませんでした。
その電信柱とダンプカーの間に、一人の少年が、挟まっておりました。
その少年は頭をぐちゃぐちゃにされて、見るも無残であります。
坊ちゃんだ!
道の脇に落ちていたランドセルと、身体つきで見当がつきました。
「ああ……なんという事だろう……」
その直後、私はさらに驚いたのでございます。
坊ちゃんの左手に、なにか、うろこのような模様が付いておったのです。
(タイヤの跡でしょうか……でも、そうにはみえませんでしたが)
事故死には間違いございませんが、あれ程、無残な事故が村の中で起きるとは、よもや夢にも思いませんでした。
そして坊ちゃんのお葬式の日、私どもは陰ながら式に参列したのでございます。
やがて私のお焼香の順番がまわってまいりました。
するとご主人が、気が狂ったように私どもにすがりついてこられたのです。
「そうやったの、やっぱりそうやった!あんたらの言うとおりやった!息子はえげつないことをしとった。おおおおぅ……」
御主人は喪服を乱し、頭も上げず、泣き続けます。
「あの子の机の引き出しからな、よおけ干からびた蛇の頭がでてきたんじゃ……おおおおー!!あの子はタタられたんじゃあぁぁ!」
葬式会場が騒然となったのはいうまでもありません。
私もあの時ばかりはどうしてよいのかわかりませんでした。
さて、皆さんはこのお話を聞かれてどうお思いになりましたか?
私は宗教的な考えをもつ人間でございますので、この事件についてはそれなりの自己解釈をしております。
坊ちゃんの死因、それはまさしく、『たたり』だと思います。
後日談ですが、その『たたり』はとうとう、庄屋さまの家全体に広がってしまいました。
翌年の夏、坊ちゃんが亡くなった同じ月日、一家全員が火事で焼け死んでしまったのでございます。
『たたり』以外の何ものでもございませんでしょう……
[出典:大幽霊屋敷~浜村淳の実話怪談~]